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2026.03.10

子どものSNS利用を禁止する議論の必要性

情報交換は一人称からは始まらない。一人が何を発信しようとも、それは所詮「独り言」にすぎず、社会的な波及効果はほとんどない。二人称、三人称へと伝わって初めて、それは「情報」となり、知識となり、指数関数的に広がって行く。
「人の口に戸は立てられない」という言葉がある。人は知り得たことを、意識するしないにかかわらず他者に話す生き物だ。だからこそ情報は自然に拡散する。
かつては、その情報の出所も比較的明確だった。誰が、どこが発信したのか。個人であれ企業であれ、発信元は特定でき、責任の所在も見えていた。しかしインターネット、とりわけSNSの登場は、この前提を大きく変えた。誰もが気軽に発信でき、それを見た人がまた瞬時に拡散する。感情や印象のままに共有され、検証は後回しにされる。こうして情報は連鎖し、いつの間にか「誰が最初に言い出したのか」「それは本当なのか」が分からなくなる。出典のない言葉、根拠のない動画、真偽不明のニュース。それでも「面白ければいい」「共感できればいい」と受け入れられていく。フェイクニュースやフェイク動画さえ日常の風景となった現状に、私は強い危うさを感じている。
その影響を最も受けやすいのが、判断力の成熟していない子どもたちである。

2025年12月、オーストラリアは世界で初めて16歳未満のSNS利用を禁止する法律を施行した。フランス(15歳未満)、マレーシア(16歳未満)も施行に向けて動き、欧州各国でも同様の議論が進んでいる。当然の流れではないだろうか。
出所も真偽も分からない情報が無秩序に流れ込む空間に、子どもたちを無防備にさらすことは、有害でしかない。NTTドコモの調べでは日本の小・中学校生のスマートフォン利用時間は1日平均小学生(低学年): 約38分、小学生(高学年): 約78分、中学生: 約145分(2時間25分)を超えるとの調査もある。

SNSには、いじめ、詐欺、性的被害、誹謗中傷といった危険が常につきまとう。さらに依存性も高く、終わりのないスクロールや「いいね」の数に振り回されることで、自尊心や睡眠、学習時間が奪われる。精神的な不安定さを招く要因にもなっている。
もちろん、「表現の自由を奪う」「若者の社会参加の場を制限する」という反対意見があることも理解している。表現の自由の重要性は否定できない。しかし、判断力が十分でない子どもに同じ自由をそのまま適用してよいのかは、別の問題である。子どもの権利の中で最優先されるべきは、まず安全と健全な発達の保障ではないだろうか。
実際、オーストラリアでは成人の約7割がこの規制に賛成しており、とりわけ子どもを持つ親世代の支持は強い。「親の監督だけでは限界がある」「プラットフォーム企業にも責任を負わせるべきだ」という声は切実である。
子どもを守ることは家庭だけの課題ではない。社会全体で取り組むべき問題だ。
日本でも、そろそろSNS運営会社への年齢確認義務化や学校内スマホ規制など含め本格的な議論を始める時期にきているのではないか。
SNSの自由の前に、守るべき未来がある。その視点を、私たちは忘れてはならない。

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