COLUMN

コラム

2020.12.10

現代社会のコミュニケーション、これで良いのか

電車に乗ると、ほとんどの人が携帯の画面に目を落とし話をする姿はなくなっている。友人どうしの長電話も今は姿を消しSNSを利用した情報のやり取りに激変している。会社でも、以前のような電話での応対は少なくなり、メールでのやり取りの頻度が多くなっている。言葉を直接相手に発しなくても事足りる社会が急速に広がってきて戸惑っている。古来より社会形成は人間どうしの言葉を使ったコミュニケーションが基礎となって来たはずである。
メールでも十分にその意味を成すし、コミュニケーションのとり方が変わっただけだと若い世代の親は言う。お互いに会話をする意味が軽視されているように思えてならない。これが、一般社会だけでなく、学校生活を送る子どもたちの社会にも浸透し始めている。クラス懇談会の回数は減り、学校からのお知らせはプリントからメールなどに置き変えられ始めている。学校の事でわからないことは学校のホームページを見るようになって来た。運動会の写真もネットに上げられ、プリントをダウンロードしてカードで支払いを済ませる。子どもに携帯電話を持たせ、メールで親子の情報を交換するのは当たり前の時代になっている。夕食時の団欒は父親不在、お母さんが夕食の用意をする間、子どもはそれぞれゲームやテレビで過ごし会話が驚くほど少なくなってきている。

子どもは親の背中を見て育つと昔から言われて来た。それは家族の中で親が発する言葉を言霊のように受け止め理解する習慣があったからである。また、親もその時の子どもの反応を見て子どもの成長を確認して来たのである。そこには無味乾燥に羅列された文字の世界ではなく、人間の持つ感情や表情の入った会話があったからだ。最近の子どもはコミュニケーションのとり方が下手になって来たと言われる。家庭でさえコミュニケーションがないのに、子どもにコミュニケーション力を望むのには無理がある。
今、親子で1日何時間共有し会話をしているだろうか。自分の仕事や子どもの習い事が忙しくてなかなか話す時間がないと言うだろう。しなくて事足りていると言う親もいる。私は違うと思う。何よりも子どもとのコミュニケーションを積極的にとるべきだと思う。子どもは日々成長している。それを言葉を通して感じ取り、共感や時には指導するのが親の役割ではないだろうか。「大事なことは、冷蔵庫のホワイトボードに書いてあるからね。」、子どもはそれを喜んで受け止めているだろうか。
諸外国を周って来た外国人の友人が日本に来て一番びっくりした事は「街中に看板がいっぱいあり、誰にも聞かなくても行きたいところに行けた。とても親切な国。でも誰とも話す必要がなく、さみしい感じがした。」と言っていた。

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