2026.02.10

先日、2025年の小・中学生の自殺者数が公表された。※
その数字を見て、率直に「多い」と感じた。原因の一つとして挙げられていたのが「いじめ」である。ここ数年、学校でのいじめが自殺に結びつくケースは後を絶たず、ニュースでも大きく取り上げられている。教育委員会の関係者が深々と頭を下げ、「二度とこのようなことが起こらないように…」と謝罪する光景も、もはや見慣れたものになってしまった。
ふと考えてみると、私が子どもだった頃にも、確かにいじめはあった。しかし、いじめが原因で命を落としたという話は、ほとんど聞いた記憶がない。なぜ今は、ここまで深刻になっているのだろうか。
ここからはあくまで私見である。
他にもさまざまな要因があるだろうし、考えが浅いと指摘されるかもしれない。それでも、広告に携わり、情報を仕事にしている立場として、強く感じていることがある。それは、「情報量の爆発的な増加」だ。いじめられる側も、いじめる側も、いまはSNSなどを通じて簡単に情報を発信・共有できる。昔とは比べものにならないほど、伝達の手段も量も増えている。かつては、いじめが起きても、その噂が広がる範囲はせいぜいクラスや学校の中だけだった。ところが現代では、ひとつの出来事が一瞬にして広がり、場合によっては世界中に拡散してしまう。しかも、その過程で内容が誇張されたり、歪められたりすることも少なくない。そして当事者本人も、それらを容易に目にできてしまう。
もし、20年前のいじめの影響度を「1」とするなら、今は1,000倍、あるいは10,000倍にもなっているのではないだろうか。かつては一人や数人から受けていたものが、今では見ず知らずの多数から同時に向けられる。そんな状況に置かれているのと同じである。これでは、よほど精神的に強くなければ耐えきれない。追い詰められ、命を絶つ選択をしてしまう子どもがいても不思議ではないと感じてしまう。
さらに、マスコミも情報を素早く大量に扱うようになった。地域的な問題であっても大きく報道され、それがまた新たないじめの火種になる。そんな負の連鎖、いわばイタチごっこが繰り返されているように思えてならない。
私は、いじめは本来、子どもを持つ親、学校、そして地域社会が本気で向き合えば、十分に解決できる問題だと考えている。親と学校は、これまで以上に子どもたちの日常に目を配ること。地域社会は問題を放置せず、家庭や学校と連携し、発生したら迅速に対応する仕組みをつくること。時間軸を定め、地域全体で解決していくルールを築くべきではないだろうか。
子どもたちが安心して過ごせる環境をつくる責任は、私たち大人にあるのだから。
参考:厚生労働省自殺対策ページ「自殺対策白書」令和7年